慣れることと納得すること

ちょっとまじめに

心の話しを・・・。

いつも疑問に思うことがありました。

それは、育児のシーンで

(いや、仕事のシーンでもよくあるかも・・・)

よく使われる

慣れた

という表現。

たとえば、

保育園に行く時

幼稚園に行く時

学校に行く時

など新しい環境に入るときに

この表現がよく登場します。

「慣れるまで、泣くのは仕方がない」

「慣れたら、泣かなくなるわよ」 

ってな感じに。

でもでもね、

ほんとかな。

慣れたから、

泣かなくなるのかな?

私は、この表現をきくたびに

いつも頭に

?マークがついて

ココロが

チクチク痛くなります。

大半の大人は、

慣れ=納得している

と思っている傾向にあるんだもの。

でもでも

慣れと

納得は

大きく違うと思うのです。

毎日の生活に追われて

しっかりと納得することがないまま

自分以外の都合で動いている。

忙しいお父さんお母さんをサポートしているし、

それに、小さい子は自分の意志がないとか

伝えられないとか大人は思っているから、

どんどん

自分のスピードじゃない早さで

進んでいく。

チビッコだって、かなりハードな毎日なんだ   ヽ( )`ε´( )ノ

だからこそ、大人は

立ち止まって、目の前にいる

小さな人の今の心に寄り添ってあげて欲しいなーと思うのであります。

預けることが悪いとか良いとかではなくて、

小さい人と大きい人がそれぞれ

納得しているかが

大切なんじゃないかなーと思います。

泣かないとか、イヤがらないってのは、

単に慣れたというのではなく、

自分が納得しているからんだと思う。

大人は、時間をかけることを

イヤがるけど、

小さい人たちは、自分たちができる精一杯のことで

必ず私たち大きい人に

気持ちを伝えてきます。

表現方法が未熟だから、時間はかかるけど、

でも、ちょっと小さい人のこころに寄り添っても

1時間もかからないよ。

納得してから

新しい環境になれていくのが

正しいこの世のレッスンなんじゃないかなーと思う日々。

だって、納得がなかったら

単に

イヤだなー って気持ちしか生まれてこないもーん!

大人だって一緒だと思います。

自分の心がうなずいていないのに

無理やり違う部署に異動とか

無理やり結婚させられたりとか・・・

自分が楽しいことしているときに、

いきなりソレを止めるように言われたりとか・・・

この自分への納得を無視したまま過ぎていくと、

人は防衛本能によって、そういう環境の中で生きていくように自分をカスタマイズするけど、

どうだろう・・・。

そういうときの自分の心って・・・。

小さい人だって

まったく同じなんじゃないかな。

なんだか

長くなっちゃったけど、

つまり・・・

大人のみなさーーん!

大人の私たちも、ちびっこも

慣れた ≠ 納得している

なんだじょーーー!

自分のココロがうなずいて

初めて、その環境に

慣れるように

私たちは頑張れるのだ!!!

—–

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